アニメ放送直前記念企画
夢のスペシャル対談 ≪完全版≫
週刊少年マガジン未掲載分も収録!!
若き日から今日まで、日向武史に多大な影響を与え続け、
「人格形成や価値観の原点」とまで言わしめるロックバンド『the pillows』。
今回、その『the pillows』がアニメのOP曲『Happy Go Ducky!』を担当したことで実現したこの対談企画!
一体、日向武史がどんな部分に影響を受けたのか。その原点に迫る―――。
『the pillows』とは―――
the pillows 1989年に結成されたオルタナティブロックバンド。
Vo, G 山中さわお、G 真鍋吉明、Dr 佐藤シンイチロウ。
結成30周年を迎える現在もリリースやツアーを精力的に行い、日本のロックシーンに欠かせないバンドとしてリスペクトされている。
出会い
――まずは、日向先生の『the pillows』(以下・ピロウズ)との出会いを教えてください。
【日向】高校の時、バンドブームというものがあったんです。その頃に音楽好きの友達の家に遊びに行った時、ピロウズの「パントマイム」のアルバムがぽつんとあって。その中の「夢のような約束は」という曲を聴いたのが始まりです。
【山中】おお、凄い曲から来たな(笑)。
【日向】そこから興味が出てCDをずっと繰り返し繰り返し何度も聴いてましたね。その頃は、僕の周りの友達以外は誰もピロウズを知らなかったような頃です。
【山中】そりゃそうだろうね。その頃はまだキャプテンレコードっていうインディーズからひっそりと出て、ライブツアー行ってもお客が20人とかそんな感じだったから。
自分だけが作れるものを
――早速本題に入るのですが、影響を受けたのはピロウズのどんな所なのでしょうか?
【日向】初めて曲を聴いたとき、なんか、当たり前のことを歌ってないなって思ったんです。作品に関して言えば、その感覚が一番ですね。だから、『あひるの空』を描いているときも、自分がやらなくても誰かが描くだろうなっていう漫画は描かないように意識してます。30年間ピロウズを見てきて、やっぱりその感覚は何も変わらなくて。それをいつもひしひしと感じながら、今も作品を作っています。
【山中】嬉しいですね。どの世界でもこすり倒されたフォーマットってたぶんあるだろうから、それじゃないところでやろうみたいなことですよね。
【日向】そうですね。ピロウズって、こんなにリスペクトされていて、30年も歴史があるのに、似たようなバンドが出てこないんです。それって凄くないですか?
――確かに、それは凄いですね……!
【山中】いや、でもそれもどういうことなのかなって思うことがあって(笑)。トリビュートアルバムとかいろんな凄い人が参加してくれてるんだけど、誰も真似はしてくれないっていう。「なんでモロにやってくれないの?」みたいな(笑)。
――その思いに、皆さんが気付いていないんじゃないかと……。
【山中】そうなのかな?
【日向】真似できないですよ。怖いですもん!
【山中】そんな怖いのかな俺。全然そんなことないんだけど。
【日向】この流れといってはなんなんですが……ちょっとインタビュー中ですけど謝らせていただいてもいいですか?
【山中】え、なんですか?(笑)
――え、なんですか?
【日向】感覚から受けた影響という部分も勿論あるんですが、好きすぎてもう直接いろんなものを作品の中で出してしまっていてですね……。
【山中】あ、なんかそれ、誰かに聞いたことある!
【日向】漫画の中で勝手に曲のタイトルとか、グッズとかを出してしまったりとか、好き好き全開で漫画を描いてしまっているのを、山中さんが怒っているんじゃないかという恐怖にずっと怯えていまして……。
【山中】なにそれ(笑)。そういうのって嫌がる人っているんですかね。他の漫画でもたまにあるけど、ニヤニヤしちゃうっていうか、嬉しい気持ちしかなかったけどね。
【日向】本当ですか⁉ ありがとうございます! ちょっと待ってもらっていいですか。はあ、よかった……!
――本気でホッとしてますね(笑)。
感性を積み重ねる
――日向先生は、作品作りにおいて、誰でも描けそうなものにならないように、ピロウズから影響を受けて意識されているとのことでしたが、さわおさんが大事にされていることはなんでしょうか?
【山中】大事にしていること…あんまないんだけど(笑)。でも、歌詞で言うと、一過性で終わりそうな単語は使わないようにします。例えば今、実際には手紙を書くことって全然ないんだけど、歌詞の世界ではLINEとかメールといった単語は出さずに、手紙という表現にしたりする。やっぱり、今一番トレンドで来てるものを取り入れてくのって歌謡曲の一番わかりやすい手法なんだよね。カラオケでそれを歌うとすごく感情移入しやすい、つまり自分とリンクしやすいように作ってあると思うんだけど、それって2、3年経つと恥ずかしいぐらい古くなったりするじゃない? そういうのは怖いし、元々気質として好きじゃないので。だから、そういう言葉は取り入れないように気を付けてるっていうか、取り入れる気がない(笑)。さっき日向さんに、凄くオリジナリティがあると言っていただいたけど、結構すぐ影響受けるタイプで(笑)。カッコいい音楽って世の中にいっぱいあるから、世界の音楽もだけど、日本の後輩の音楽もそう。カッコいいバンドとかカッコいいライブ見ると、家帰って曲を作りたくなるし、ちょっと真似してやってみようかなと思ってスタートする。なんだけど、結果真似じゃなくなっちゃうんだよね(笑)。
【日向】カッコいい…!
【山中】考え方としては、高校生の頃にバンドやったときにモノマネから入るのとスタンスは今も変わってない。だけど、なんとなく自分らしさみたいなところが滲み出たらいいなと願ってる感じで。そうしたら最近、いいメロディーにいいギターをただつけようとしても、意外と自分の独特なものがあるんだなってことに気づいたんだよね(笑)。
――気づかれたのが最近っていうのが凄いですね。
【日向】ファンはずっと前から気づいてます(笑)。
【山中】特に今は若手のプロデュースなんかをしてるんだけど、ギターのつけ方ひとつにしても色々なルールが僕の中にはあって。そのことになんか気づいてきたんですよ。そういった細かなルールをたくさん積み重ねていった先に、なんとなくピロウズらしさみたいなものは構築されていったのかなぁと思ってるけど、本人の立ち向かう姿勢としては意外と無邪気にやってるっていう(笑)。
【日向】わかります。漫画も同じだと思います。
――ご自身の細かな感性を積み上げた先に、「らしさ」があるということなんですね!
好きを貫く覚悟
――「あひるの空」を支え続けた曲ということで、以前からずっと「ハイブリッド レインボウ」のことを紹介させていただいています。「あひるの空」の現場では、原稿が追い込まれるタイミングでいつも日向先生がその曲を流されるんです。日向先生はこの曲で、人生が変わったと仰っていました。どういった部分から、衝撃を受けたのかということを、伺えればと思います。
【日向】厳密に言うと「ハイブリッド レインボウ」だけではないです。ピロウズが「ストレンジ カメレオン」を山中さんが作ったときのエピソードだったり、そういったピロウズが辿ってきた歴史と、その中での山中さんのスタンスそのものに影響を受けて、人生を変えられてきたんだと思います。
――つまり、すべてに影響を受けたということですね。
【山中】ありがとうございます。嬉しいですね。「ストレンジ カメレオン」あたりの話を少しさせてもらうと、僕がピロウズをやっていた中で一番気分が沈み切ってたのが95年とか、ちょうど「ストレンジ カメレオン」を作る前の頃。その頃に、たまたま近しい同期や、最初はピロウズより人気がなかったバンドたちが、すごい勢いで大スターになっていった。でも、その時はまだ少し言い訳もできてた。「まあでも、彼らはロックンロールバンドじゃないし」とか。でも、またその頃に下北沢で出会ったミッシェル・ガン・エレファントってバンドが、本当にカッコいいバンドで。それが同じ事務所になって、ピロウズよりもっとガチのロックンロールバンドがこれまたズドーンと売れて、何も言い訳ができなくなった。そうやって周りがとてつもなくどんどん売れていって、でも自分たちは低空飛行を続けていて。まだ当時は25歳とかだから、葛藤もあるし、誘惑もあるし、苦しかったね。どうやったら成功すんのかなと思って、一瞬だけ世の中に寄せたことがある。30年の間の3か月ぐらいなんだけど(笑)。そして、それがもう忘れらんないぐらい嫌な3か月。その時のいろんな葛藤や反動で「ストレンジ カメレオン」っていう曲を書いたの。「自分が一番いいと思ってる曲を出す。このシンプルさしかない。」と思って。そこから、いわゆるヒットすることを諦めた瞬間から、どんどん認められるようになっていって。その流れの先のある意味集大成に「ハイブリッド レインボウ」って曲があって。……っていうことですよね?(笑)
【日向】そうです。僕は、その歴史にとてつもない影響を受けました。一つ伺いたいんですが、そこで山中さんが自分の意志を貫いたときに、周りの人からの反発はなかったんですか?
【山中】もちろんあった。ダイレクトにダメ出しをしてくるのは担当ディレクターで、ディレクターとはすごい喧嘩したね。「ストレンジ カメレオン」から「ハイブリッド レインボウ」をやるぐらいまでは、とにかく何かやるたびに反対されるっていう感じだった。でも、愛情はあった。「今のピロウズが活動を続けるためには、これぐらいの成績に行かなければならない、このぐらいの成績にならなければレコード会社をクビになってしまう。」って毎回言われてね。その人の頭では、この曲は売れないだろうという判断をしてたんだけど。でも、「これができないんであれば、俺はもう辞めて北海道帰るよ。」みたいなことを言って。結局、事務所にもメーカーにもめちゃめちゃ反対されたんだけど出すことになった。で、出すことになったらそのディレクターさんは全力でやってくれた。宣伝の方法を考えて、すごいちゃんと応援してくれたな。
【日向】それは、ディレクターさんもカッコいいですね。
【山中】なんだけど、応援してくれたのに次のシングルでまた揉めるの(笑)。「あれ?」って。俺なんか握手したつもりなのにまた揉めてるぞと。それの繰り返し。「ハイブリッド レインボウ」も、最初みんなにダメだって言われたしね。今では、「ストレンジ カメレオン」はMr.Childrenがカバーしてくれたりとか、「ハイブリッド レインボウ」はBUMP OF CHICKENがカバーしてくれたりして、本当にありがたいよね。
――凄い話をありがとうございます。覚悟を決めてから、貫き通す意志の強さがわかるエピソードですね。
【日向】この意志と覚悟に、俺がめちゃめちゃ影響を受けているということです。
――非常に納得しました……!
【山中】】俺もだいぶ若かったし、なんか言ったら「じゃあ辞める」って言ってた。男女の「じゃあ別れる」みたいな、別れてもいい覚悟を持ってる方が強いイニシアティブを握ってるような感じで、自分の権利をどんどん主張していったよね(笑)。そしたらある時、うちの事務所の社長に「じゃあお前、金は出せよ、口は出すなっていうことか?」って言うから、「はい」って答えて。めちゃめちゃ怒られたけど(笑)。
【日向】俺も言われました。「連載1本載せるのにどれぐらいお金かかるかわかってる?」って。
――初めて知りました……。でも、たしかに先生も作品に関しては昔から担当編集とよく喧嘩されていたと伺ってます。
【日向】そうですね。山中さんのエピソードと同じです。本当に言うこと聞かなかったので。影響されてます。
【山中】え、俺のせいなの(笑)?
舞い降りたタイトル
――「あひるの空」の主題歌の「Happy Go Ducky!」を制作していただきありがとうございます。当時のエピソードを教えていただけますでしょうか?
【山中】曲作りは、結構スムーズに行けたかな。でも、歌詞を作るのは結構悩んだね。もう50歳の男が、高校生の青春の、これから何者かになりたいっていう歌を作るというのは、こんなチャンスがなかったら、本来やっぱりやらないことというか(笑)。それでも、大喜利みたいにお題をいただいて、それに上手く応えたいっていう気持ちはあった。「飛べない翼でも」とか主人公の「空」とかっていうワードを入れたいなとか思いながら作っていったんだけど、タイトルでもある最後のキメの「Happy Go Ducky!」っていう部分は、最後までなかったんだよね。なんかしっくりくるのが欲しいと思っていても、ずっと出てこなくて。でもそんな時、よくわからないラッキーというか、「なんでこのタイミングでこんな上手くいったんだろう」っていうことがたまにある人間なんだけど、今回もそれが起こった(笑)。俺、子どもの頃から「トムとジェリー」が大好きで、DVDボックスを持ってるの。大人になった今でも、なんとなく夜にあれを見るとすごく穏やかな気持ちになるから、よく観てるんだよね。話は全部知ってるけど、「眠くなったら寝りゃあいいや」っていう寝る準備のためのムービーみたいな感じで。それで、その時も「トムとジェリー」をぼーっと観てたら、「愉快なアヒル」みたいな回があって。よく見たら原題が「Happy Go Ducky」っていう題だった。「Happy Go Lucky」(愉快な~、楽天的な~という意味)って定型文を、ちょっと洒落で「L」を「D」にして、「愉快なアヒル」にしてるんだよね。その瞬間「Happy Go Duckyだって、Happy Go Ducky、ぴったり!」みたいな。そういったことがあって、「Happy Go Ducky!」がタイトルにもなり最後のメロディーも歌詞の締めの部分にもなったの。
――凄い! そんなことがあるんですね!
【山中】たまにあるんだけど、不思議な感覚だね。
――日向先生は曲を聴いてみて、いかがでしたでしょうか?
【日向】もう、嬉しすぎて耳に入ってこなくて(笑)。流れてはいるんですけど、頭がフワフワとしてしまって。サビの部分は繰り返し何度も聴いてるんですけど、山中さんが「あひるの空」を読んで書いてくれたってことだったり、アニメの主題歌ってことだったり、いろんな情報が壁になってなんにも入ってこなくて(笑)。でも、ちゃんと買って聴きたいので、今はその喜びだけでいいかなと。
【山中】え、買うの? いくらでも渡されてるでしょ(笑)。
【日向】いつもCDが発売したらタワレコへ走って買いに行く人間だったので、その時間も含めて楽しみというか。
――曲を最初に頂いたとき、我々も「お渡しします」と言ったんですが、「いや、買うんでいいです」って断られてしまって、どうしたらいいんだという感じでした(笑)。
【日向】対談させていただくことになったので、結局は聴かせていただきましたけど(笑)。それでもやっぱり、サビが初めて流れたのを聴いた時は泣きそうになりました。本当にありがとうございます。
日向武史、本気のラインナップ
――最後に、ご依頼いただいた特典ライブ映像についてお話出来ればと思います。さわおさんは、選ばれたラインナップをご覧になって、いかがでしたでしょうか?
【山中】なかなかマニアックだなと(笑)。ホントに好きな人なんだなってことが伝わってくるラインナップでしたね。
――日向先生は、選ぶ側としていかがでしたでしょうか?
【日向】まず、こんな依頼をいただけて感無量でした。選んでいる時は夢のような時間でした。でも、なんで8曲だけなんだと思って。もっと入れればいいのにと(笑)。絞り込むために何回も何回も原曲を聴きながら、過去のライブ映像の中に好きなのにあまり入ってなかったりする曲を中心に選びました。「THAT HOUSE」なんかは、ファンはみんな聞きたかったと思います。あんなに優しい声で歌ってた「THAT HOUSE」が、今どう聞こえるんだろうという興味もありますね。
【山中】なるほど。つまりなにが言いたいかというと(笑)?
【日向】俺、いい仕事したなと(笑)。
【山中】いい仕事したと思う! 本当にガチな選曲ばっかりブッこんでるからね(笑)。他のファンにも「日向先生、流石!なるほど!」って思ってもらえるんじゃないかな。俺も楽しみです。
――本日は、ありがとうございました!